映画『フロントライン』撮影の裏側(前編)


2025年6月13日に劇場公開された、映画『フロントライン』の照明技師を担当した中須岳士氏に密着し撮影の裏側をインタビューしました。前編では、映画『フロントライン』におけるライティングのこだわりについて。後編では、現場で使用した機材の使い分けをメインにお話しいただきました。ぜひ、普段知ることのできない撮影の裏側をお楽しみください。

© 2025「フロントライン」製作委員会

映画『フロントライン』とは?

© 2025「フロントライン」製作委員会

【あらすじ】

2020年2月、乗客乗員3,711名を乗せた豪華客船が横浜港に入港した。香港で下船した乗客1人に新型コロナウイルスの感染が確認されていたこの船内では、すでに感染が拡大し100人を超える乗客が症状を訴えていた。出動要請を受けたのは災害派遣医療チーム「DMAT(ディーマット)」。地震や洪水などの災害対応のスペシャリストではあるが、未知のウイルスに対応できる経験や訓練はされていない医療チームだった。対策本部で指揮を執るのはDMATを統括する結城英晴(小栗旬)と厚労省の立松信貴(松坂桃李)。船内で対応に当たることになったのは結城とは旧知の医師・仙道行義(窪塚洋介)と、愛する家族を残し、船に乗り込むことを決めたDMAT隊員・真田春人(池松壮亮)たち。

彼らはこれまでメディアでは一切報じられることのなかった<最前線>にいた人々であり、治療法不明の未知のウイルス相手に自らの命を危険に晒しながらも乗客全員を下船させるまで誰1人諦めずに戦い続けた。

全世界が経験したパンデミックの<最前線>にあった事実に基づく物語―。

【作品情報】

◾️タイトル:『フロントライン』

◾️公開日:6月13日全国公開

■出演者:

小栗旬
松坂桃李 池松壮亮
森七菜 桜井ユキ
美村里江 吹越満 光石研 滝藤賢一
窪塚洋介

企画・脚本・プロデュース:増本淳 監督:関根光才 

「なんのライトも使ってない」と視聴者に思わせるのが照明技師の仕事だ。

映画やCMで目にする美しい映像。その裏側では、綿密に計算された「光の設計」が行われています。映画の照明は、単に被写体を明るくするだけでなく、物語の雰囲気を作り、キャラクターの感情を際立たせる重要な役割を担っています。

では、プロの現場ではどのような機材が使われているのでしょうか? そして、照明技師はどのような意図で光を操っているのでしょうか? 今回は、映画「フロントライン」の照明技師を担当した中須 岳士氏の視点から深掘りしていきます。

中須岳士 照明技師

Takeshi Nakasu

1995年に照明技師として独立以来、市川準監督作品をはじめ、山田洋次監督『武士の一分』では日本アカデミー賞最優秀照明賞を受賞。CMやMVの照明も手がけ、2020年には『niko and… SPRING-SUMMER編』で照明技術賞を受賞するなど、幅広いジャンルで活躍。現在は日本映画テレビ照明協会の副会長として業界の発展にも尽力している。

[ 主な作品 ]
CM:au三太郎シリーズ/ ハーゲンダッツ/ TOYOTOWN など
映画:武士の一分/ 沈まぬ太陽 など


映画『フロントライン』照明のこだわりについて

ー 今回の映画「フロントライン」では、全体的にどのようなこだわりをもって照明を組み立てたのでしょうか?

中須岳士(以下、中須):この映画って、5年前のダイヤモンド・プリンセス号の件がモチーフになってるんですけど、まだみんなの記憶にも新しい話ですよね。だから、絶対に嘘がつけない。観てる人に「こうじゃなかったよね」って思われたら、それでもう物語から離れてしまうと思ったんです。

だから当時の報道映像とかをたくさん見返して、いろいろ調べました。実際、船の名前は出せるけど、撮影には船が貸してもらえなかったんですよ。ロケの段階で横浜港に停泊中の船を一度だけ見に行ったんですけど、撮影には一度も来なかった。

なので、そこをどう再現するかが大きな課題でした。

ー 実際に、作中には何度もダイヤモンド・プリンセス号が映っていましたが観ている側からすると、あの船が“本物”にしか見えませんでした。

中須:そう言ってもらえると嬉しいですね。実は準備期間中に、他の配信ドラマで豪華客船が題材になってる作品があって、それも同じように船が使えなくなって全て地上で撮ったらしいんです。で、CGで船を描いてたんですけど、やっぱり少し浮いて見えたんですよね。

僕らは「ダイヤモンド・プリンセス号の件は、本当にあった話だからこそ、そういう違和感は避けたいよね」って、スタッフ間で話してました。だからCGチームにもすごく気合を入れてもらって、撮影後も何ヶ月もかけて仕上げてもらいました。

ー その中で、特に力を入れたシーンはどこですか?

中須: 船内の「ヴィヴァルディ」っていう食堂兼式場みたいな場所ですね。医療班が活動の拠点にしている設定で、昼も夜も何度も登場する場所だったんです。もちろん本物の船では撮れないので、あるリゾート地の宴会場をロケ地として借りました。

窓が10個並んでいて、片側が全面ガラスという造りが、船に似ていたんです。ただ、船が北向きで停泊している設定と、南向きの設定があって、日差しの入り方が真逆になる。それを照明で再現するのがなかなか大変でした。外から太陽光が入る場所ではあるんですけど、当然すべてのカットが自然光で撮れるわけではないので、外からHMIを使って光を入れました。窓10個に対して、10台のHMIと呼ばれる照明機材を並べて、1窓1灯で平行光を作ったんです。

外からの光を表現するためにスーパーデッキでHMIを室内に当てる様子

中はほとんどライトを入れず、長回しも多かったので、外からの光だけで勝負しましたね。
シーンが何度も出てくる場所だったので、時間帯ごとに朝日だったり夕日だったり、あるいは月明かりだったり、毎回少しずつ光のトーンを変えるようにしました。

ー あのシーンで出てくる光は、こうやって作られていたのですね…。驚きです。

中須:あともう一つ大変だったのが、横浜港の夜のシーン。船はCGで描くんですけど、船からの光が画面に影響していないと、CGを貼った時に「これは本物じゃない」とすぐバレるんです。

実際にある船だと、装飾灯がついていたり、白いボディがライトアップされていて、その反射光が地面や周辺の車に落ちてるんですよね。
だからそれを再現するために、100Wの電球を120個並べて、いわゆる「お祭りライト」みたいな演出をしました。

トラスを組んで、そこに灯体を並べて、タングステンの光で柔らかく照らして、さらにHMIも加えて船の明かりを作りました。

豪華客船からの光をお祭りライトで表現
お祭りライトと1灯のHMIで豪華客船の光を表現

ー そのとき、現場ではまだ船のCGは何もない状態なんですよね?

中須: はい。現場には船が何もないのに、ライトだけがドーンとあるから、プロデューサーが「何やってんの?」っていう顔で見てるんですよ(笑)。
でも僕は「ここにCGで船が合成されるので、その明かりを作ってるんです」って説明しました。

最終的にはCGチームの方から「やっておいてくれて本当に助かりました」と言われて。そういう風に言ってもらえると、やって良かったなと思いますね。

印象的なシーンについて

ー 映画の冒頭のドアを開けるシーンも、すごく印象的でした。

中須:あれはYouTubeで見た報道の空撮映像が元ネタなんですよ。海上保安庁の船からサーチライトが照らされて、そこに人が運ばれていく映像があって、それを参考にしました。

映画のオープニングってインパクトが必要なので、「ハッチを開けた瞬間、強烈な逆光でショックを与える」という演出にしたんです。カメラもワンカットで、ハッチが開いて逆光が当たって、森七菜さんの顔を抜いたあと、ドローンに繋げて空撮に移行するという流れでした。

でも実際のセットは岩壁の非常口だけ本当は、カメラが引いていったら、海上保安庁の船も豪華客船からの光を浴びているだろうと思い、非常口の上からもタングステンの光を当てました。そして後に描き足してくれるであろう豪華客船の壁面にも海上保安庁の船からサーチライトを当てる、ということは現場でやりましたね。

CGチームは特に頑張っていて、出来上がった映像を観ると、本当にそこに船があるかのようになっていて天晴れだなと感じました。

ー たしか、あのシーンは実際に船の上から照明を当てていましたよね。

中須:そう。「Aputureの1200d」だったかな。バッテリー駆動で、ある程度距離があっても光量がしっかり届く。ただ、船って固定されていないから動くんですよね。助手さんに実際に照明機材を持って船に乗ってもらって、「もうちょっと左に!」とか現場で調整してました。寒い中、頑張ってくれていましたね。

実際の船を使い、船上からライティングする様子
船の揺れも表現しながら、サーチライトをAputure 1200dにて表現

ー ありがとうございます。後編では、実際に使用した照明機材とその使い分け。また、照明技師という職業の魅力についてお伺いさせていただきます。

中須:よろしくお願いします。

後編へ続く


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