2025年6月13日に劇場公開された、映画『フロントライン』の照明技師を担当した中須岳士氏に密着し撮影の裏側をインタビューしました。前編では、映画『フロントライン』におけるライティングのこだわりについて。
今回の後編では、現場で使用した機材の使い分けをメインにお話しいただきました。ぜひ、撮影の裏側をお楽しみください。

映画『フロントライン』で使用した照明機材について
ー 今回使用された照明機材について教えてください。
中須岳士(以下、中須):主力はやはり、Aputureの「XT26」とNANLUXの「Evoke 900C」ですね。この2つは常に現場に置いていました。映画の場合は同録、つまり音も一緒に録るので、発電機やゼネレーターの音がどうしても邪魔になります。その点、LED機材は電力量が少なく、ハウスパワーで対応できるので非常に助かります。(撮影時期:2024年2月)

特にNANLUX Evoke 900CやAputure LS 600C、Nova 600Cなどは、現場でも使い勝手が非常に良かったですね。

また、前編でもお話しした船内式場「ヴィヴァルディ」のシーンでは、AputureのMC Proにバブルディフューザーを装着して使用しました。磁石で壁に簡単に取り付けられるので、あたかもその場に元々あった電灯のように自然に使うことができます。常に3〜4個を近くに配置しておき、重宝していました。
ー たしかに、XT26やEvoke 900Cは常に現場にあった印象があります。
中須:そうですね。それから、人物周りの照明、僕らが「フィルインライト」と呼んでいる補助光としては、amaranのF22cをよく使いました。機動性があって、Vマウントで動かせるのが非常に便利です。電源を引かなくても使える、というのは今のLED機材の大きな利点だと思います。軽くて持ち運びやすいのも魅力ですね。

ただ、日差しのような強い光や、パンチのあるライティングが必要なときは、やはりHMIじゃないと難しい部分があります。

例えば、窓が10個並んだセットでは、18kwを1発当てても、点光源なので光が拡散してしまう。僕としては平行光線を作りたかったので、10個の窓それぞれに1台ずつ、ARRIの4kw HMIを並べました。街中であればビルの影などがあるため、4つくらいでも済むかもしれませんが、今回は埠頭のロケーションで遮るものがなかったので、しっかりと全てに光を通したかったんです。
ー NANLUX Evoke 900Cは今回、映画で初めて使用されたそうですね。実際の使用感はいかがでしたか?
中須:印象的だったのは、山下埠頭の屋根の上にEvoke 900Cを設置して使ったシーンですね。埠頭の中にも200Wのバルーンタイプのライト(smallrig RC200)をVマウントバッテリーで設置して、いわゆる「見えてもいいライト」を用意していたのですが、このシーンもカメラがどんどん引いていくフレーミングだったので、Evoke 900Cも「見えてもいいライト」として使いました。見せてもいい光源でありながら、きちんとライティングの効果を出せるものとして活用しましたね。

ちょうど埠頭の前にある倉庫の屋根の縁の部分に設置したんですが、イメージとしては低圧ナトリウム灯、トンネルの中などにあるようなオレンジがかった光を意識しました。Evoke 900Cは1800Kまで色温度を調整できるので。船側と倉庫側で色温度を変えて、雰囲気に差をつけたんです。
逆光が欲しかったんですけど、正面から入れるとカメラに映ってしまう。でも、見えてもいい場所に設置して「これは街灯です」と見せてしまえば成立する。ロングレンズだったこともあって、ライトの形まではバレないんです。なので、リフレクターを外して、オレンジ色の光を強く当てました。結果的に誰もライトがバレていると言わなかったんですよ。元からある光だと思ってもらえたので、成功でしたね。
いっそバレるくらいなら“見せてしまう”という逆転の発想です。


LEDとHMI、それぞれの特性と使い分け
ー 最近はLED機材の進化が目覚ましいですが、HMIとの使い分けについてはどうお考えですか?
中須: たとえば、NANLUXのEvoke 2400Bと、HMIの4kwコンパクトを比べてみると、5m先くらいまでなら光の当たり方に大きな違いはありません。ただ、光の波長に違いがあるんです。HMIは放電光ですし、波長が長いぶん、距離が伸びても減衰しにくい。LEDは、近距離では扱いやすい一方で、10m、15mと離れると一気に光量が落ちてしまいます。
たとえば20m離れた位置を照らす場合、HMIなら15mと20mでそれほど光量差は出ませんが、LEDではその差が顕著になります。つまり、遠くから広範囲に平行光線を当てたいようなシーンでは、HMIの方が圧倒的に適しているということになります。
僕たちがやっているのは、しばしば太陽光の代わりをつくる仕事です。太陽は何万キロも離れた場所から、この小さな地球全体に均質な光を当てていますよね。それを擬似的に再現する以上、光の減退率を無視するわけにはいきません。
特に、映画では静的なものを撮るのではなく動きのある人物を撮影するので、光量のばらつきがあると“嘘っぽく”なってしまう。それだけは絶対に避けたい。なので僕は、広範囲を遠いところから当てるのであれば、HMIを選ぶという使い分けをしていました。
ー では、LEDはどういった場面で力を発揮するのでしょうか?
中須:逆に、近くをミニマムな感じで、コンパクトな狭いセットでライティングしたい場面では、LEDは使いやすいですね。光量や色温度の調整がしやすく、機動力もある。Vマウントバッテリーで動かせるので、電源の取り回しが制限されるような環境でも柔軟に対応できます。
ー やはり、光の質という点でも違いがあるのでしょうか?
中須:そうですね。たとえば、AputureやNANLITEのようなLEDメーカーが出てきた初期の頃、彼らが採用している「ボーエンズマウントのリフレクター」という考え方は、もともとストロボ文化からきていて、ムービーの現場ではあまり馴染みがなかったんです。
映像業界では、従来オープンフェイス型のライトは存在していたものの、主流はフレネルレンズ付きのスポットライト。フォーカスのシボリやバラシの調整がしやすい、機材が求められていました。リフレクターの光は芯が出やすかったり、ムラがあったりして、均一な照明を求めるムービー現場では敬遠されがちだったんですね。
だからこそ、フレネルレンズのアタッチメントを出してくれた時には、「これならムービーでも使える」と感じた技術者は多かったと思います。
ー 最近では面光源のLEDも増えてきましたが、そういったライトについてはいかがですか?
中須:面光源のタイプも確かに増えてきていますね。ただ、僕たち映画の照明技師は「面が欲しければカポック(反射板)やホワイトボードに当てて使えばいい」という考え方をするんです。
同じライトを、状況によってスポットにもフラットにも使い分ける。1本の映画で100シーン以上撮ることもありますから、1つのライトで多用途に対応できることの方が大切なんです。
フルカラーのLEDライトがもたらした”現場でのメリット”
ー LEDが使いやすくなった、とよく耳にします。その「使いやすさ」の変化とは具体的にどのようなことでしょうか?
中須:やっぱり「バイカラー」、そして「フルカラー」の登場が大きかったですね。各メーカーがカラー素子の構成を工夫してきて、照明としての表現力が飛躍的に広がった。照明機材の革命って、昔はタングステンしかなくて、そこからアークライト、HMI、蛍光灯と変遷してきました。100年ちょっとの映画の歴史の中で、そのたびに技術者には“ショック”があった。例えば、キノフロが出始めた頃は蛍光灯とHMIを併用することも多くて、色味のズレ――特にグリーンやマゼンタの出方が気になっていたんです。発光原理そのものが違うから、光の質も当然違う。それを嫌がるカメラマンや照明技師も多かったですね。
でも、LEDのフルカラー化によって、その補正がつまみひとつで済むようになった。これは本当に画期的でした。今では、フィルターすら不要になる場面も多く、色を手軽に変えられる便利さは、まさに良い意味での“ショック”でした。
ー 照明助手さんの世代でも、ライトの進化に驚く方が多いのでは?
中須:そうですね。今の若手に「パルサーライトの3灯キットだけで照明を組んでみて」と言ったら、できない子もいるかもしれない。昔のように、熱くて火傷しそうなライトでデイライトを再現してみてほしい、なんて言ったら戸惑うんじゃないかなと思います。
でも、それだけライトの方が進化してきた証拠でもある。カメラと同じで、デジタル化がどんどん進んでいますからね。今やフィルムで撮影できる撮影部を探す方が難しくなってきている。
それでも、またフィルムが復活する流れもある。そうなったとき、フィルムに適したライティングの組み方を知らないと困ることになります。メーターの使い方すらわからない若手も増えてきていているので、ぜひ学んで欲しいですね。

「照明技師」という仕事の魅力

ー 改めて、照明技師としての役割について、中須さんはどのように考えていらっしゃいますか?
中須: 現場って、「撮・照・録」って言われるように、まずカメラが決まって、そこから照明が入ってくるんです。でも、役者さんのテンションって待たせると下がっちゃうんですよね。
だから僕らは、カメラがアングル決めてる最中に、「きっとここに入るだろうな」っていう予測のもとで、先に仕込んでおく。少しでも「照明待ち」の時間をなくすようにしています。
「照明部どうですか?」って聞かれたときに、「はい、大丈夫です!」って即答できると、「さすがだね」と言ってもらえる。そういう小さな信頼の積み重ねが、現場を気持ちよくまわすんだと思ってます。
ー たしかに、現場でもそういう気遣いがすごく伝わってきました。
中須:CMだと逆に、早すぎると「ちゃんとやってるの?」って思われることもあるんで(笑)、そこはあえて「ちょっとこっちからも当ててみますね」なんて、ワンクッション入れることもあります。
ー 俳優部の方への気遣いも、本当に丁寧でした。
中須:僕が助手だった頃、よく言われたのは「俳優部は人気商売だから、嫌われたら終わりだぞ」と。昔は「照明が決まらなきゃ撮影できないんだぞ」って威張ってる人もいましたけど、僕はそういう考えはまったくないです。
今は“みんなで一つの作品を作るチーム”だと思っているので、俳優部の方が少しでも気持ちよく芝居できるように、常に気を配っています。

ー 照明という仕事の魅力が、どんなところにあると感じていますか?
中須:照明って、みんなが同じ機材を使っていても、出てくる光は全然違う。十人十色って、本当にその通りなんですよ。
そして、照明技師みんながそれぞれ「これがベストだ」と思って光を作っている。
僕にとっては、真っ暗なスタジオで最初の1灯をつける瞬間が、何よりの喜びです。「自分が太陽を作る」っていう感覚ですね。
ちょっと大げさかもしれないけど、「神様になったような気分」っていうのは、今でも感じています。
今後の展望について
ー 今後の目標についてお聞きしてもよろしいですか?
中須:最近は、30代や40代の照明技師が撮影監督も兼ねるようになってきていますよね。僕も30代の頃に何本かそういうことをやったんですけど、やってみて思ったのは「どっちも中途半端になるな」っていうことでした。
だから、僕はあえて照明一本に絞った。でも今は、機材の進化によって「両方ちゃんとできる」時代になってきている。だから、まだまだ僕も学ばなきゃなと思っています。
周りから「中須さん、すごいですね」って言われることもあるんですけど、「いやいや、まだまだ勉強中ですよ」と思ってます。照明技術に終わりはないですからね。
ー 最後に、これから映像の世界を目指す若い人たちに向けて、メッセージをお願いします。
中須: 今は機材の進化もあって、一人で撮影も照明もできるような時代になってきています。
だからこそ、「撮影も照明も両方できる」っていうスキルが、今後ますます求められてくると思います。
海外だとDP(Director of Photography)になるには、まず照明部を経験しなきゃいけないっていう国もあるくらいで、それだけ「光を理解すること」は重要なんですよ。
機材の操作だけじゃなく、光の見方、作り方、感覚を身につけていってほしいですね。失敗してもいいから、たくさん現場を経験して、そこから学んでいってほしいです。
中須岳士 照明技師
Takeshi Nakasu
1995年に照明技師として独立以来、市川準監督作品をはじめ、山田洋次監督『武士の一分』では日本アカデミー賞最優秀照明賞を受賞。CMやMVの照明も手がけ、2020年には『niko and… SPRING-SUMMER編』で照明技術賞を受賞するなど、幅広いジャンルで活躍。現在は日本映画テレビ照明協会の副会長として業界の発展にも尽力している。
[ 主な作品 ]
CM:au三太郎シリーズ/ ハーゲンダッツ/ TOYOTOWN など
映画:武士の一分/ 沈まぬ太陽 など
REX GEARメデイアでは、このような現場の技術者さんに焦点を当てたインタビュー記事を公開していきます。
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